ビキニ事件 周辺で操業の元乗組員などが国を提訴へ

アメリカが昭和29年に太平洋のビキニ環礁で行った水爆実験では、静岡県の漁船「第五福竜丸」の乗組員23人が被爆し、半年後に1人が死亡しました。
弁護士らによる支援団体によりますと、当時、周辺の海域にはおよそ1000隻の船が操業していましたが、このうち高知県内の元乗組員などが、自分たちも被爆した可能性があるのに、第五福竜丸の乗組員の被爆が明らかになったあとも国が放射線量の検査などを行わなかったとして、損害賠償を求める訴えを起こすことになりました。
原告団には元乗組員やその遺族、およそ40人が加わる見込みで、1人当たり200万円の賠償を求めるということです。訴えは来月9日にも高知地方裁判所に起こすということで、「ビキニ事件」で国に賠償を求める訴えを起こすのはこれが初めてです。
「ビキニ事件」を巡って、厚生労働省はおととし9月に、第五福竜丸以外の一部の漁船の乗組員からも通常より高い放射線量が検出されていたことなどが記載された記録を開示しており、これらの資料を分析している研究班が、被爆線量の評価などについて、今後、見解を示すことにしています。

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原告団に加わる高知市の元乗組員、桑野浩さん(83)は、「ビキニ事件」の当時は21歳でした。ビキニ環礁近くの海域でマグロ漁船に乗って漁をしていたところ、黒い灰が雪のように降ってくるのを見たと言います。
港に戻ったあと、船や魚に対する放射線量の検査は行われましたが、桑野さんたち乗組員への対応はなかったということです。
その後、桑野さんは、鼻血が大量に出たり、白血球が異常に増えたりする症状に悩まされ、12年前には胃がんになって手術を受けました。さらに、同じ船に乗っていた仲間が40代や50代で次々と亡くなり、「水爆実験で被爆し、自分たちの健康に影響が出ているのではないか」と不安を感じるようになったと言います。
桑野さんたち元乗組員を支援している民間の団体は、国に対して健康への影響を調査するよう要請してきましたが、具体的な対応はなかったと主張しています。
桑野さんは「漁から戻ってきたときに船やマグロについては放射能の検査をしたのに、乗組員への対応は何もなかった。国がきちんと対応すれば、仲間が早死にすることはなかったのではないか」と話しています。
支援団体の山下正寿事務局長は「原告に加わる元乗組員や遺族が予想以上に増え、国が対応しなかったことへの強い怒りがあるのだと感じている。裁判でしっかりと訴えていきたい」と話しています。

「ビキニ事件」と国の対応

「ビキニ事件」は、62年前の昭和29年3月、アメリカが太平洋、マーシャル諸島のビキニ環礁で行った水爆実験で、静岡県のマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員23人が、いわゆる死の灰を浴びて被爆し、半年後に無線長の久保山愛吉さんが死亡したものです。広島、長崎に続く「第三の被爆」とも言われ、全国的な反核運動のきっかけになりました。
第五福竜丸の乗組員には一般の労災保険に当たる船員保険の適用が認められ、病気の治療費などが補償されていますが、周辺の海域で操業していたおよそ1000隻の船に乗っていた乗組員について、国はその後、健康への影響を調査していませんでした。
国は60年後のおととし9月、元乗組員の支援をしている民間団体の情報公開請求に応じて、第五福竜丸以外の一部の漁船の乗組員からも通常より高い放射線量が検出されていたことなどが記載された記録を開示しました。
これについて、厚生労働省は、去年1月に研究班を立ち上げ、当時の検査結果が書かれた記録を分析して、周辺の乗組員の被爆線量の評価などについて、今後、見解を示すことにしています。

「乗組員への対応はなかった」

62年前のアメリカの水爆実験で日本の漁船の乗組員が被爆した、いわゆる「ビキニ事件」で、周辺の海域で操業していた漁船の元乗組員などが、被爆した可能性があるのに国が放射線量の検査などを行わなかったとして、損害賠償を求める訴えを起こすことになりました。

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