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ちなみに、地震発生時は安倍晋三首相の第一次安倍内閣でした。当日、安倍首相は、7月29日投票の参議院選挙の遊説のため、長崎県で街頭演説し沖縄に向かう予定でした。首相は、地震発生を受けて沖縄遊説を中止し、急遽東京に戻り、夕刻には被災地・柏崎市に入りました。当時から旺盛な行動力があったことが分かります。2週間後の参議院選では、自民党は獲得議席37議席と歴史的敗北をして、民主党が参議院第一党となり、その後、9月26日に退陣に追い込まれました。地震時の防衛大臣は、現東京都知事の小池百合子さんです。10年での政治状況にも変化に驚きます。

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また、中越沖地震前後には、短い期間に、新潟県中越地震、能登半島地震(M6.9)に加え、2011年3月12日長野県北部地震(M6.7)、2014年11月22日長野県神城断層地震(M6.7)などが続発しています。これらの地震は、GPS観測でひずみの集中が指摘されている新潟-神戸歪集中帯や、東日本と西日本を構造的に区分する糸魚川-静岡構造線の近傍で起きています。糸魚川-静岡構造線断層帯には、高い地震発生確率の中北部区間の牛伏寺断層(今後30年間の地震発生確率13~30%)や富士川河口断層(同10~18%)が存在しており、今後の活動が気がかりです。

しかし、多くの人がテレビを通して見た3号機近くの変圧器火災を始め、6号機原子炉建屋天井クレーン継手の破損、6号機使用済燃料プール水の漏洩、固体廃棄物貯蔵庫内のドラム缶数百本の転倒、3号機排気ダクトのずれ、1号機軽油タンク地盤沈下など、数多くの被害が報告されました。これらは、我が国で初めての地震による直接被害でした。海では1m程度の津波も観測されており、このときに、原子力発電施設の総合的な地震時安全性についてもっと深刻に受け止めていたらと、悔やまれます。

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