1989年(昭和64年)1月7日午前6時33分、昭和天皇は皇居・吹上御所2階の寝室で皇后ら皇族方や医師が立ち会う中、崩御しました。後に発表された病名は「十二指腸乳頭周囲腫瘍(腺がん)」でしたが、昭和天皇には最後まで伏せられていました。がん告知がまだ一般的ではなかった時代です。ですが、陛下はうすうす感づいていたかもしれません。

 その後、ご静養の効果があったのか、皇太子時代に一時は全国を巡啓されるまでになりますが、天皇に即位後、再び体調が悪化します。そして宮内省は大正天皇のご病状を国民に公表します。

 1889年(明治22年)に大日本帝国憲法の発布とともに、旧皇室典範が制定されると、宮中の医療体制が一変します。常駐する侍医が設けられて東京帝国大学(現・東京大学)医学部出身の医師が務めるようになります。西洋医学の導入です。この前年までに漢方医は全員解任されています。宮城内に侍医寮も作られました。

 明治初期には現在のように専属で天皇、皇族に付く侍医はおらず、そのつど外部から医師が宮城に駆けつけて診察をしていたといいます。医師には漢方医と和方医が混在しており、どちらかというと漢方医に主導権があったようです。

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